もえぎの忘備録

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葛原妙子歌集

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1974 三一書房 装幀:杉本潤二 扉絵:三岸節子 数年前に古書店で購入

 低い天井の暗い開架書庫を歩きながら

『飛行』 『原牛』 『葡萄木立』 『朱霊』…

河盛好蔵寄贈と押印された葛原妙子の歌集を図書館で見つけたのはいつの日だったか

ぱらぱらと繰るうちに、この女性歌人の言葉選びに慄然とし

書庫の中でその何首かをノートに書き写したことがある。

               *

 黒峠とふ峠ありにし あるひは日本の地図にはあらぬ

 

 他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水

 

 晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の壜の中にて

 

 灰色のゆふべうつくしき言葉あり

              「秘かなる不具の中に身を秘す」

 

 薄明をわれは戀ひつ白き蝶 白き窓かげに動かざるとき

 

 川底に沈める大き星の群 魚精は狭霧のごとく亡びぬ

 

 凍るみづうみしづまりし夕 われは手を伸べ爪を切れるに

 

 美しき球の透視をゆめむべく あぢさゐの花あまた咲きたり

               *

 「短歌研究」「日本短歌」の編集者として青年期を過ごした中井英夫に 現代の魔女 と絶賛される。

 …彼女は世のつねびとのように

  率直な嘆きや苦しみを述べようとはせず、

  代わりに傷のひとつひとつに金粉銀粉をきらめかせ

  滴る血を緑色に変じて見せさえした。

  それが彼女の方法であった。  『中井英夫短歌論集』

 

 塚本邦雄 『百珠百華 葛原妙子の宇宙』

 「…葛原妙子の好む主題、歌の飛翔する次元の、

  幅の廣さ、底の深さ、振幅の激しさ

  私はそれに随伴するため まさに奔命に憊れた…」

 

       見えざるもの 聴こえざるもの 

          球形への畏怖

      虚無を見据える幻視者のまなざし

         それはまた翻って 

    うつせみの現実を穿つまなざしでもあろう。      

  

随筆集『孤宴』小沢書店 では戦中の疎開の話などが興味深い。