もえぎの忘備録

過去関心空間でのキーワードです

踊るサテュロス

 

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The Dancing Satyr of Mazara

愛知万博を前に東京国立博物館 表慶館 にて特別展

1998年3月5日 シチリア沖 水深480mの海底から

漁船の底引き網に引き上げられる。

古典後期からヘレニズム期への移行期か

希臘美術 最高傑作と目されるブロンズ像。

 

東博 表慶館

バシリカ式教会堂の中央円蓋へ歩みを進むべく

そのドゥオモのちょうど真下

美しい 青緑の 時の澱 を纏った

 古代希臘 ディオニソスの眷族

  サテュロス との邂逅

失語 失神 墜落の刻

観ている私が かのめぐりを廻り踊る

 

視線は 暗きあなうら から這い上がり

踊り上るししむら

       捩れる体躯 

            逞しい胸筋

 かしいだかんばせ

       饗宴の法悦 の

 うつろな象牙の眸穿

     うねり 

        なびき 

            ゆらぐ 線刻の頭髪

 失われし手腕に幻視する

   テュルソス(松毬を附した蔦霊杖)と

        聖獣(豹) と 

          クラテル(酒盃) の 標

 

       さらに上昇する視線は

          中央円蓋の

         光 の 帰納する 

          極まりへ

            *

げに恵まれし身なるかな、幸ひに

神來の祕儀に参與して

そのいのち淨められ

聖なる拂穢の式にあづかりて

靈魂の聖団の證を享け

山深くバッコスの躁宴にふけり

且つはまた大母神キュベレーの

祕祀をともに祝ひつ ゝ

聖杖をふりかざし

蔦かづら髪にかづきて

ディオニュソスに供えまつるは!     

             Eurip.Bakkh.72-82 エウリピデス

 

山深きアジアの蛮神ディオニュソスの狂乱が、

恰も何者の権能を以てしても阻止し難き悪役の傳播するごとく、

村から村へ、都市から都市へと飛火して、忽ちのうちに全ヘラスの美しき天地を血腥き靈氣に充たして行つたのは、

人も知る如く西暦紀元前六世紀のことであった。

 

然らばディオニュソス神の驚くべき勝利の原因は何處にあったか。

秘密は「永遠の生命」に存したのである。

ディオニュソスは己が帰依者に永遠の生命を、久遠のいのちを保證し

「新しき人」となる道を教えた。

しかも此の神は、その祭禮に参與する信徒達に、永遠の生命を親しく體験せしめたのである。

惨虐狂燥の限りをつくし、凄愴なること目を覆わしむるごとき

野蛮醜悪なる手段によってゞはあったが、

この暗き祭禮の醸し出す異様な狂憑の痙攣の裡に沈倫する信徒達は、

小我を脱却して大我に合一するの法悦を直験し、

肉體の緊縛を離れた靈魂の宇宙生命への帰一還没を自ら直證することを許された。

彼等は永遠の生命に触れ、

新しき人として甦生せる者の言慮を絶する至福を體験した。

 

   井筒俊彦 『神秘哲学』 第一部希臘神秘哲學

    第一章 (1) ディオニュソス神 より

        昭和24年 光の書房

             * 

http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?...

 

『死都ブリュージュ 』 ジョルジュ・ローデンバッハ

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冥草舎  窪田 般彌訳

BROUGES-LA-MORTE 1892 Georges Rodenbach

 先日、何処だったか 大手書店の文庫平台に

赤帯岩波文庫の これ が積み上げられていました。

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/32/2/...

 

重版がかかった様子もなく 今頃何故に…

判りました。2005/4/15日(金)~6/12(日)

BUNKAMURA で ベルギー象徴派展 がありますね。

画家フェルナン・クノップフ その他 

多くの同時代の芸術家たちが このお話に魅了されました。

 

書棚に眠ったこのうつくしい本を取り出して頁を繰ると

若気の至り かつて炊き込めた香が微かに馨ります。

さてさて このお話 

曇天の灰白の空を眺めていると浮かんでくる物語

 ゆうぐれの冷たい石畳に沁み入る弔鐘の音

暮れ方のなずむ光が齎すレエスの帷につくるほの白さ

にびいろの写し鏡 

堀割りの水辺に映る古い修道院は

しだいにその姿を冥い水底に沈めてゆく

 

死んだ妻の面影が 廃市ブリュージュ に溶け入り

ゆうぐれに彷徨する主人公ユーグは

妻の亡霊を街に見出そうとする

ユーグにとりこまれた 妻の生き写し 踊り子ジャヌは

 亡き妻の髪で締め上げられて窒息する女

 

ローデンバッハの憂愁と頽廃

「黄 昏」上田 敏訳『海潮音』所収も頷けます。

 福岡・春の柳川にでも行ってみたくなりました。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/...

『芳 惠』 藤島武二

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芳 惠 ほうけい 1926(大正15)年 63.3×51.5cm 油彩カンヴァス

第1回 聖徳太子奉賛会展覧会出品 藤島59歳時の作

 

この国の西洋画の歴史は、かれこれ100年足らず

黒田清輝藤島武二が、創設時から東京美術学校西洋画科の指導者であり、官展画壇の中枢に居続けた理由として共に薩摩出身である事をも考えると明治という時代の政治力が垣間見えて面白い。

 

 作家の実人生など鑑賞者には関係ない

 作品そのものから受け取ることのできる作品の力

 それのみを問題にすべきだ

       …と豪語していた知人の声が掠め飛ぶ

定まらぬ物憂げな視線を投げる真横顔の婦人

贅沢に宝石をあしらった髪飾りと

華麗な刺繍が施された中国服

藤島が青年時より求め続けた装飾美を表現した逸品 

この構図はやはり西洋画の影響か

ピサネッロ、ピィリッポ・リッヒ、アレッシオ・バルドビィネッティ

ボッティチェッリ、ポッライオーロhttp://www.tobikan.jp/museum/... などにも装飾的婦人肖像の横顔作品が見られる。

背景の雲…有元利夫作品にもこんな雲があったか…

 

藤島作品の秀作は、以下浪漫派絵画に代表される。

天平の面影」1902年ブリジストン美術館 重要文化財

「蝶」1904年

 文藝雑誌「明星」「スバル」の表紙・挿画

 与謝野晶子『みだれ髪』表紙

「黒扇」1908~09年 ブリジストン美術館 重要文化財

http://www.ishibashi-museum.gr.jp/...

http://www.bridgestone-museum.gr.jp/...

 38歳より渡欧(1905~10)帰国後は、

影響を受けた印象派後期印象派風の風景作品等を発表するが、殊に女性の肖像画に秀作が見られる。1926年、前年には治安維持法が公布施行。1943(昭和18)年 78歳没

 「蝶供養帖」1906年 2000頭に及ぶ蝶・蛾の写生帖は、

「蝶」http://www2u.biglobe.ne.jp/...の習作と考えられている。

横尾龍彦作品集 深夜叢書

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エクリチュール叢書3

シュタイナーに傾倒する横尾氏の現在の作は 形を超えた抽象に赴いた。

    …眞珠母の夢… 

 ミキモトギャラリーで個展をされていた頃

神話をテーマとし 眞珠を多くモチーフにしたこの頃の具象作品に魅かれる。

相澤啓三・春日井建・出口裕弘・高橋巌氏らの賛有り。

 

  緑深き柩の前に佇む夢想 

  この作品『霧のメルヒェン』は、

  ウィーン幻想派の流れか

   はたまたベルギー象徴派

  フェルナン・クノップフ

『わたしは私自身に扉を閉ざす』を想起させる

   

  * 銀座:青木画廊

  3Fを覗くと、十?年ぶりに横尾作品と出逢った

   …摩訶不思議…でもないのだろう

    出逢うべき処で 出逢う…

闇のよぶ声 トラツグミ

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冬には都心の公園の疎林でも見かけることのできる

まあるい目が愛らしい ツグミ科の野鳥

 

頭や尾を振る トラダンス をしながら

林床のミミズや小動物を探す

この鳥が春も終わりに近づくと山間部へ移動し

なんとも不可思議な囀りを聞かせてくれる。

この声をはたして囀りと言ってよいものか

初めて耳にした時

アルヴォ・ペルトタブラ・ラサ

ヴィオリン高音域の音が浮かんだ

 

   これが …鳥の歌…

 

かつては妖怪 鵺(ぬえ) の声とも畏れられた

湿度を含んだ 夜闇からのよび声

この声に魅せられて

数年前から 野鳥観察に開眼し 

日光野鳥研究会 幽霊会員となる

 

 新緑の森の梢の高みから降る

   クロツグミ の歌

複雑で含みのある 世界を異にするこれもまた絶品

 

◎自然観察師匠のHP http://nikkotoday.com/  

 Sounds 7/ 7 1989 トラツグミ(20sec)他

 ◎YouTube  トラツグミとヨタカ https://www.youtube.com/watch?...

葛原妙子歌集

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1974 三一書房 装幀:杉本潤二 扉絵:三岸節子 数年前に古書店で購入

 低い天井の暗い開架書庫を歩きながら

『飛行』 『原牛』 『葡萄木立』 『朱霊』…

河盛好蔵寄贈と押印された葛原妙子の歌集を図書館で見つけたのはいつの日だったか

ぱらぱらと繰るうちに、この女性歌人の言葉選びに慄然とし

書庫の中でその何首かをノートに書き写したことがある。

               *

 黒峠とふ峠ありにし あるひは日本の地図にはあらぬ

 

 他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水

 

 晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の壜の中にて

 

 灰色のゆふべうつくしき言葉あり

              「秘かなる不具の中に身を秘す」

 

 薄明をわれは戀ひつ白き蝶 白き窓かげに動かざるとき

 

 川底に沈める大き星の群 魚精は狭霧のごとく亡びぬ

 

 凍るみづうみしづまりし夕 われは手を伸べ爪を切れるに

 

 美しき球の透視をゆめむべく あぢさゐの花あまた咲きたり

               *

 「短歌研究」「日本短歌」の編集者として青年期を過ごした中井英夫に 現代の魔女 と絶賛される。

 …彼女は世のつねびとのように

  率直な嘆きや苦しみを述べようとはせず、

  代わりに傷のひとつひとつに金粉銀粉をきらめかせ

  滴る血を緑色に変じて見せさえした。

  それが彼女の方法であった。  『中井英夫短歌論集』

 

 塚本邦雄 『百珠百華 葛原妙子の宇宙』

 「…葛原妙子の好む主題、歌の飛翔する次元の、

  幅の廣さ、底の深さ、振幅の激しさ

  私はそれに随伴するため まさに奔命に憊れた…」

 

       見えざるもの 聴こえざるもの 

          球形への畏怖

      虚無を見据える幻視者のまなざし

         それはまた翻って 

    うつせみの現実を穿つまなざしでもあろう。      

  

随筆集『孤宴』小沢書店 では戦中の疎開の話などが興味深い。

日夏耿之介 詩集

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日夏耿之介全集 第一巻 河出書房新社1973

装画:長谷川潔 装本:杉浦康平・辻修平

 

 * 轉身の頌  * 黒衣聖母

 * 黄眠帖    * 咒 文

 * 拾遺篇 

 

日夏耿之介(1890~1971) 

芥川龍之介萩原朔太郎らと親交。堀口大学佐藤春夫西条八十・画家の長谷川潔石井柏亭・永瀬義郎らと同人誌『仮面』『聖盃』『パンテオン』を発行。

鴎外・上田敏露伴・鏡花の系統をひく。

外国文学研究・翻訳・紹介等に業績。キーツのオードと漢詩の賦の比較研究、早稲田大学青山学院大学で教鞭をとった。

 

象牙の塔に隠棲したかと思われるペダンティック翁は

         夕闇の帷が降り来るや

 黝々とした艶やかな蝙蝠の翅を翩しながら

 

       かぎろふ英吉利湖水地方

       ビザンチン異教神の薄明へ

       露西亜イコンの漆黒の闇へ 

        変幻自在に逍遥する

 この詩人の

          瞬きを忘れた

     開かれた瞳孔に映ずるものは

         玻璃の傀儡たる

       光あるたましひのクライシス

 

      * ゴスィック・ローマン詩體 * 

 

       燻された金属硬質の漢造語 

    超絶技巧たる退嬰と奇古と沈鬱と反撥に

  ニイチェ・キイツ・ブレイク・イエェツ・ダヌンチョ

   オマルカイヨム・ロセッティ・ウァズウォス

ボドレエル・ポオ・シュルレアリズムの自動書記家たちが

   亡霊のごと 混交し たち現れて 憑依する

                *

 「青面美童Ⅰ」(テクストはカッコ内ルビ)

 

夜となれば

仄ぐらい書斎にこの身區(み)臥しよこたへ

『貴い妄語』に倦みなやむ

己が頭脳を癒(いや)そうとのみ

眼瞼(まぶた)かろく閉ぢてあれば

銀光(ぎん)の灯(ひ)ぽっとうす昏みて

陰影(かげ)のごとく 災殃(まがつび)のごとく 礫(つぶて)のごとく

青面(せいめん)の美童 角笛(かく)を吹き

古像のやうにあらはれる   『黒衣聖母』より

              *

「狷介孤高の学匠詩人」も35歳の婚姻前

後の夫人に宛てた手紙(朝日新聞1991.12.12井村君江 日夏耿之介全集復刻記事)では、市井で目される日夏像とは相反する温かで率直な愛に満ち溢れた文面で、瞠目した。

復刻全集編集委員に 作家 池澤夏樹氏 の名も。