もえぎの忘備録

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柄澤 齊展ー宙空の輪舞

の画像

栃木県立美術館

2006年7月16日(日)~9月3日(日)http://www.art.pref.tochigi.jp/jp/...

 その独逸語の先生は娘の名前を 梓 とした。

 梓弓(あずさゆみ)…遠く万葉の時代から梓の樹には霊性が宿り

梓の樹で作られた弓弦を打ち鳴らして神霊・生き霊・死霊を呼び、憑依させ

託宣をしたのが 梓巫女(あずさのみこ)、、、 

学生時代、記紀歌謡の講義中 気になって書き留めた記憶

 そして私が 「 上梓 」 という言葉に初めて出逢ったのは、仕事を始めたばかりの頃、手紙ばかり書かされた修業に近い時間の中で常用したいわば仕事上の言葉

あずさ の文字の寓意など 皆目頭からは消えていた。

 それから何年

この展覧会にて再び私はこの言葉に拘った柄澤氏の文章を眼にすることとなった。

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 「梓ニ上ス」 シニジョウス とは、昔の中国で梓の木を版木に用いたことから起きた言葉と辞書に出ている。

印刷の材であると同時に梓は、死者を葬るための材でもあった。

子どもが生まれると一本の梓を植え、

死んだ時に成長したそれを伐って棺としたのである。

印刷と棺。

社会的な生成と、個人的な死の対極的なイメージが、一本の樹木において連結されることの不思議。いや、ひょっとすると、版を彫ることと棺を削ることとは、同じいとなみを言い替えただけにすぎないのかもしれない。

版とは、埋葬の一形式であるとする古人のひそみに倣うならば、書物とは墓。版画とは墓誌。死者の記憶を納めて歴史の地層に埋められ、復活の時を待つ、もう一つの死の体系であろうか。

 

「梓ニ上ス」 

すなわち

「死に上ス」

 

死の舞踏の最後尾には、まちがいなく著述家も版画家も列なっているのである。

 柄澤 齊 「死にいたる美術-メメント・モリ」展カタログ初出 1994年

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存命中 これだけの展覧会を開催する力は

やはり若くして開花したその才能によるものか

初期の眼を瞠るような微細な線刻木口木版作品から

ルリュール作品・オブジェ・装丁・挿画 全作品を網羅的に展示

緻密な作品ゆえ観覧には余裕をもった時間が必須と想われる。

みなさま 覚悟してご覧あれ。